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4月, 2011の投稿を表示しています

ブインゴニが出来るまで  その2

前回ブインゴニのボディーが出来て、出来たものを良ーく乾燥させておきました。


そして打ち込んだ太鼓鋲を境に余った皮を切ります。

心棒を通す穴、サウンドホールも淵に沿って切ります。





そうしたらまたまたお日様にあてて根気よく乾燥させます。

ジャンベの皮張りも同じだけど、表面だけでなく、

日の当たりにくい部分も乾燥している事が肝心なのです。



乾燥の合間に心棒を作ります。

今回心棒の先のデザインを「合掌」にしようと思います。

下書きをして。。。



何だか小学校の図工のようですが、根気よく削ります。

下書きが消えてきたら、又書き足して。。。



何となく手のカタチになってきました。

しかし、手の下の部分がちょっと寂しいので、

少しデザインを加えて、


こんな感じに仕上げてみました。

荒めから細かい目と段々とペーパーをかけていきます。




別の角度から見ると、うんうん「合掌」っぽくなってきました。

ここまで来たら、次はペグを付ける為に心棒全体を少し削ります。

写真は撮り忘れました(汗)が、ペグ用に穴を空けたり、ペーパー掛けたり、こまごまと作業をして、




ペグをねじで止めます。







後ろから見るとこんな感じです。

これは12本弦用なので、ずらーっとペグが並びます。





ペグが付いたら、弦を引っ掛ける為のねじを付けます。

この時にちゃんとキリで穴を空けてあげると木が割れにくくなります、って図工の教科書かいっ!


何がなんやら?でしょうが、最終的にペグ周辺はこのようになります。

これで、ボディと心棒が完成しました。後はこれらを組み立てて、弦を張っていきます。

次回をお楽しみに!!

うたりべ

今週はばたばたしていてblog更新が遅れてしまいました。

さてさて、僕は今年から「うたりべ」という新しいユニットをやっています。

グリオの「語り部」という意味と「唄」をかけて名付けました。

メンバーは、湘南エリアに住む3人の打楽器奏者。

らぞくのドラマー兼作。あさ&百姓、うっちー。ジャンベ叩きアラカリ。

今まで、太鼓を使って音表現をしていたメンバーそれぞれが、

ギター、ンゴニ、ベース、バラフォン、太鼓などを使って自分の唄を唄います。

今年2月、へっころ谷の33周年パーティーでデビューを果たし、これからって時に

震災が起こり、そこから二次災害の原発事故という大惨事に見舞われる。

子どもが生まれたばかりの百姓うっちーは、畑と安心して子育てが出来る地を求めて、

鹿児島に渡りました。そして今移住を決めたようです。

震災直後に鹿児島へと渡ったうっちー。

今月に入り残された2人は「ふたりベ」として活動していく事になりました。

手始めに5月はキャンプス主催のチャリティーイベントや、鎌倉モアのオープニング

パーティーでライブをする予定です。



と、そんな矢先、うっちーがゴールデンウィーク中に藤沢に帰ってきた。

引っ越しの荷物や身辺整理をしに来たのだが、昨夜久しぶりに3人でセッションした。

やっぱり3人はいいね。

で、ライブをやる事に3人が意気投合した。

残された時間は少ないし、作りかけの曲も多々あるけど、3人で集まれる時に集まって、

2セットくらいやろうかなと考えています。


場所は、震災3日後にやる予定で延期になった藤沢Nesia。

5月6日の金曜日。8時くらいからやります。投げ銭なのでチャージフリーです!!

これを逃したら「うたりべ」3人でやれるのは、又当分先になりそう。

ゴールデンウィーク中、時間のある方は是非、うたりべの魂を聴きにきて下さい!!

ブインゴニが出来るまで  その1

これから何回かに分けて、ブインゴニが出来るまでを紹介します。



まず必要なものは「ブイ」。

まっさらなブイに下書きをします。

海で目立つようにと、純正のものはオレンジ色が多いようです。




こんな感じ。









穴を空けてカットします。






余った部分も、心棒の補強部として使用します。

サウンドホールも忘れずに、穴を空けます。




心棒を刺してみます。この角度が難しく自立するンゴニのポイントです。







ペイントします。今回は紫色に。
ペイントも、下地、中塗り、上塗りと重ねて塗っていきます。






写真撮っていたつもりですが、大分進んでしまいました。皮張り行程です。





濡らした皮をよーく伸ばして、太鼓鋲を使ってブイに打ち込んでいきます。

完成を頭に描き、太鼓鋲の並びをデザインしていきます。




張り終えたら、もったいないけど補強の為の竹を差し込む穴を空けます。
ここで誤ると、今までの苦労が水の泡。。。






皮は濡れているうちは伸縮性があるので、よいしょと。






何とか4本の竹を入れました。
行程写真撮り忘れましたが、取手となる竹は火を使って曲げます。






この状態で2〜3日天日干しします。

今回はブチ柄の皮と、紫色のブイを使いました。

きっとかわいい仕上がりになるでしょう。

エレキンゴニ2

エレキンゴニの第二弾です。
その1とは違いボディに彫刻を施してみました。

6つの円が織りなす花模様。

こちらも12本弦。

長さも90センチなので、コンパクトサイズです。
こちらはおすすめ動画。youtubeよりマリ人、12本ンゴニの演奏です。
すばらしい。。。



5月ワークショップの予定

五月晴れ、五月ばか、五月は陽気な季節です!
さてさて5月のワークショップの予定です。




オープンクラス
5月 7日(土)   19時~22時 @ 善行公民館

5月28日(土)   19時~22時 @ 六会公民館

プログレスクラス
5月 2日(月)   19時15分~22時 @ 六会公民館
5月 9日(月)   19時15分~22時 @ 六会公民館
5月23日(月)   19時15分~22時 @ 六会公民館
5月30日(月)   19時15分~22時 @ 六会公民館

※五月第3週の土日は、講師ライブのためオープンクラスお休みします。
※五月第4週の土日は、友人結婚式のため長野に行ってきます。ワークお休みします。

みなさん五月も元気に楽しくジャンベを叩きましょう!

新作 エレキンゴニ1

これまで、何度か自作のブインゴニを使いライブをしているのですが、

特に他の楽器と共演する際は、ピックアップマイクからアンプにつなげて音を拡張してます。

これでももちろん、良い音は出ます。しかし楽器の構造上、共鳴部(ブイ)の共鳴音までも一緒に拾ってしまい、

音量を上げるとハウリングする事が何度かありました。

この共鳴音がンゴニの良い所ではありますが、アンプをつないだ時にもっとクリアな音が欲しいと、早速作ってみました。

そう、これはアコースティックギターとエレキギターの違いなようなものです。

名付けて「エレキンゴニ」。

ボディーは見てみると何となく分かってしまいますが、

民芸品の樫の木のお盆です。

すごくシンプルな構造で、ンゴニ同様に演奏します。

アンプやエフェクターとの相性は良く、

プログレッシブに演奏したい方に合っていると思います。



さてさて、家で演奏する間毎回アンプを通して、、というのはおっくうだったりします。

アンプ等を通さないで、そのまま演奏するとエレキギターの様な響かない音がします。

アコースティック時にもう少し音量が欲しい場合にどうしよう?と考えていた所、東アフリカの楽器ムビラにヒントがありました。

木の板に鉄の鍵盤が並んだムビラはカラバスの中に入れる事によって、音を増幅しています。
同様に、エレキンゴニの下に共鳴体になるようなカラバス、木の箱の様な振動しやすいもの

を置いてあげると、音が倍増します。

色々実験してみた結果、ドアが一番共鳴しました。

ドアと行っても、外用の重いドアではなく、部屋用のの軽い性質で出来たもの。


トラディッショナルな楽器をここまでオリジナルに改造してしまうのは?という疑問もありますが、この楽器を通じてアフリカの楽器はもとより、アフリカにより興味を持っていただければいいな。と思い勇気もってここに発表させていただきます。



皮を使うブイゴニと違って、制作日数が何日も短縮

出来るので、お値段も安くなります。

ただし、このお盆が3枚しか無いので、3本限りの

限定品になります。早い者勝ち。

今新たにお盆を使わないエレキンゴニも製作中。

そのうち音源もアップしていきたいと思ってます。

詳細、お値段等、気になる方はメールください。


これは12本弦のンゴニです。

心棒の先に壁から吊るせるように、ロープを

付けました。重くないので、壁に吊るして

ディスプ…

5.14(SAT) LIVE @ OSANBASHI HALL YOKOHAMA

5月14日、15日と予定されていたニャマ&ジェリドンのライブ。

しかし、15日の外務省主催アフリカンフェスタは延期となりました。

5月14日は大さん橋ホール横浜にてライブの予定です。

在日フランス大使館の主催のイベント。

当日は異国情緒たっぷりな、ライブ、フード、雰囲気になる事でしょう!

詳細はまだまだ不明ですが、また分かり次第報告します。



アビジャン終戦か??

去年の11月、ひょんな事からニャマ•カンテと知り合い、彼女のバンドに加わる事になる。

参加して1ヶ月ほどして、彼女の故郷コートジボアールへの凱旋コンサートに行ってきた。

アフリカの地を踏むたびに、事件と遭遇する僕だが、この時も到着して間もなく雲行きが怪しくなる。

それは、何年間も見送りになっていた大統領選挙が滞在期間中に行われた事である。

奇しくも、一番最初に泊まっていたのはニャマの妹カンデ•カンテの家。

カンデ•カンテはニャマも嫉妬するほど今やコートジボワールのトップスター。

そして彼女の旦那というのが当時の大統領バボの側近の頭であった。

超豪華、超最新の電化製品に囲まれ、沢山のお手伝いさん、使用人がいて、朝起きるとフランスパンと、紅茶の朝食が用意されていて、何不自由無いゲストとして迎えられていた。

しかし、そんな生活も2〜3日にすると一変。選挙が近づくにつれ家からどんどんと人がいなくなる。

やはり何年も国を統治していた前大統領に対して、良く思っていない人達も少なくない。

その恩恵を受け豪華にやってきた、側近達にもその危機は降り掛かるのだろう。。。

大統領選は荒れに荒れ、僕らが帰国する頃にはまた再選挙する事になった。

今思えば、そんなふわふわした時期だったからこそ無事に帰国できたのかも知れない。

僕らが帰国して間もなく、コートジボワールでは前代未聞、2人の大統領が存在する。

一応、選挙で過半数を超えて、新たな大統領となったワラタ氏。

一方、選挙に不正があったと、席を譲らない前大統領のバボ氏。

誰が正しくて、何が嘘なのかは分からないけど、これにより多くの命が奪われたのは事実。

コートジボワールは南北に分かれて内戦状態になってゆく。

最近では在コートジボワールの日本大使が、包囲された大使官邸から国連によって救出されたというニュースが飛び込んできた。

その大使こそコンサートでニャマにステージに上げられ、踊っていたその人である。

さてさて、ついに逃げ隠れしていたバボが捕まったというニュースが届きました!

側近であったカンデの旦那さんも同時に捕まり、あの豪邸も襲撃に遭い、財産全てが没収されたようです。

アビジャン滞在中にも、選挙前のピリピリした空気、苛立ち、軍隊、銃、暴動、暴走、様々なものを目撃しましたが、
もしも、時期が少しでもズレていたら、こんな風に客観的にblogなんて…

翔の会

今日は地元のカリンバ奏者、キヨシさんに頼まれていた修理済みのジャンベを渡しにいった。

どうせならばと「翔の会」という養護施設でのリズムワークのお手伝いをしてきた。

今日は偶然にもDachambo のYAOさんや、藤沢の鉄楽器アーティスト鉄ちゃん、

そしてニャマバンドで一緒に叩いてるGamaも遊びに来て多いに盛り上がった。


身体的理由で一人では日常生活が出来ない人、純粋過ぎて自分の世界を強く持ち過ぎてしまう人、
予期なく失神して倒れてしまう人、昨日と明日を区別しない人おおらかな人。。。
様々な理由でこの施設に来た人達。
それゆえ一人一人が個性的で、リズムに対して様々なレスポンスをしてくれる。
同じリズムに対しても喜怒哀楽、その表現はその人次第。
しかし確実にみんながそのリズムの上にいる。そのリズムに影響されている。
踊りだす人、唄う人、嫌な顔する人、太鼓を叩く人、ひたすら笑顔の人。。。
でも不思議とノーレスポンスな人はいない。みんな何かしらの反応を示す。
リズムにはそういう力が宿っている。 

上はワーク終了後もまだまだ叩き足りない人達。
ちなみにこの写真右手のバラフォンもYAOさんの手作りだって。


like a ......

昨日、今日と大きい余震が続きますね。

今日はちょうど街中にいる時に、そこら中で携帯の地震警報のアラームが鳴り

そこにいたみんなが顔を見合わせた。

あの揺れが届くまでの時間、いやですね。

そして今日福島第一原発の深刻度がレベル7にひき上がった。。

地震から約1ヶ月たってレベルが上がるってことは、時間と共に放射線量が確実に上がってる証拠。

人間は必死になって止めようとしているのに、止まらない化学反応。

作り出す事、管理して利用する事は知っているが、一旦その管理下から抜け出してしまうと止め方、未来への影響力は人間には分からない。

確かに現代の便利で不自由ない生活、原子力の恩恵は大きい。

しかし、

それは摩擦のない宇宙空間でジャンプして永遠とのぼり続けるような恐怖。

それはサーカスの猛獣使いが脱走した猛獣に噛まれるようなお笑いぐさ。

それはリフトで頂上まで行ってしまった初心者スキーヤーのように無鉄砲。

それは乾燥昆布を水でもどしたように予想外。

それは砂漠で一本10000円の水を売ってしまうような殿様商売。

それはそれでも水が売り切れてしまうような現実。


僕らが直面している原発の問題は様々な感情や要素が混在している。


僕らはいつか選択しなければならない時が来る。

原子力とどうつきあっていくのか??=電気とどうつきあっていくのか??って。

原発が国内電気の3割を供給してるんなら、個人個人が電気使用を3割ずつ減らせばいいだけなんだと俺なんかはすぐ思っちゃうんだけど、、、、この社会を見てるとそんなシンプルに行きそうにないな。。

春ですね。

気付くと、そこら中で桜が咲いています。

もう春ですね。公園には沢山の家族連れ。T−シャツ姿の人もちらほら。

今日は選挙日。これから4年間の地方政治の行く末が決まる日と言っても過言ではない。

選挙会場の小学校に咲いていたしだれ桜が美しかった。

思わず匂いを嗅ぐと、くしゃみが出た。 今年から花粉症。 春ですね。

今日は震災後初めてのワークショップのオープンクラス。

色々な要素を入れたフレーズを組み立てていく手慣らしの様なリズム。=ピラミッド

今日は新たにオープンクラスに取り入れてみた。

ゆっくりでも、進んでいけばフレーズは長くなる。

それを体に染み込ませる事は、後になって武器になる。

ギニアの友イブロは言った。「ジャンベはテクニックゲームだ」

確かに。。。勝ち負けを決める勝負ではないけれど、

テクニックがあればゲームはもっと楽しくなる。。。

イブロのそんな言葉を思い出した。 


春ですね。。。

ンゴニの種類

まだまだ日本での知名度は低いし、興味ある人も少ないと思いますが、この楽器の楽しさを広げるため、まだまだ書きますンゴニの事。(しかし今日は風が強いな‥…)
ンゴニは他のグリオの楽器同様、唄の伴奏というニュアンスの強い楽器である。あるフレーズ、リフレイン(ジャンベで言うならアコンパイマ)をループさせて、その上に唄をのせる。またアンサンブルの中に2台あったりするならソロやメロディーをのせる。
その構図はジャンベをやってる僕には馴染み深く、取り組みやすい楽器だ。そういう意味で打楽器的要素の強い楽器でもある。フレットを押さえる事無く、音の決められた開放弦を弾く。つまり誰にだって弾く事ができる。
しかし、ひとえにンゴニと言ってもいくつかの種類がある。僕が知っているもので少なくとも3つの種類がある。ドンソンゴニ、ジェリンゴニ、カメレンゴニがそれである。これはンゴニの前に付けられた名前に注目すれば、その楽器の意図がよくわかる。

ドンソとはマリンケ語で狩人の事。(右の写真)
狩りに行く前、そして獲物に対しての感謝の意を込めるのに唄は必須であり、その唄の伴奏をしたのが、ドンソンゴニ。弦の数は少なく(コートジボアールでは1本弦のものもありました)複数でひたすら呪術的なループを繰り返す。心棒の先にはセセ(金属の共鳴版)が付いていて、これにより単純なループをより呪術的に演出するザワリ音がでる。そこにカルギと呼ばれる鉄製のギロの伴奏が加わり、まさにナチュラルトランスの世界。ワソロン地方を中心としたドンソ達にとってこの楽器は、狩りの道具であり、自分たちに力を与えてくれるパートナーでもあるようです。それゆえそこには秘密や呪術的な要素が多く含まれていて、決して開かれた楽器ではないようです。



僕の先生、ババも使っていたジェリンゴニ。  ジェリとはマリンケ語でグリオの事。(写真左) グリオは唄により、歴史や出来事、教訓を人々に伝える世襲制の語り部達の事である。唄とともに生きる彼らの歌のバリエーションを支える為に、フレットによって音階の変化を持たせられるこのスタイルになったのかもしれない。思えば旅が生活の中心になっている彼らの移動にも差し支えのないサイズでもある。興味深い事にマリからアフリカ大陸を北上していった地域にこの楽器の形態が見受けられる。モロッコではグナワの中で使われているし、西サハラ、セネガルにもハラ…

こんなの届きました!

今朝ポストにいくと、丁度郵便屋さんが来て、封筒を手渡していきました。
送り主はプランクトンという民族音楽の配信会社。以前あるイベントにアラカジャで出店した時に同じブースで、当時日本ツアー前だったコンゴの車椅子ミュージシャン「スタッフベンダビリリ」をプロモーションしていて、アフリカ繋がりと言う事で、沢山のフライヤーとサンプルCDを頂いた。
その後の「スタッフベンダビリリ」の活躍はご存知の方も多いはず。
最近ではNHKの「たけしアート☆ビート」という番組でも取り上げられたようです。
余談ですがピーナッツ相方のクマちゃんもその番組で演奏していたようです。

長くなりましたが、そんなプランクトンさんより新たな刺客が放たれたようです。

「バラケ•シソコ&ヴァンサン•セガール」
 コラとチェロのデュオ。
これを見た時に「あ!バシソコ!。。。。バラ?。。バラケ??シソコ」ってなっちゃいましたが、バラケ•シソコさんもマリではコラの第一人者と呼ばれていて、1981年にはトゥマニ•ジャバテ(これ又コラの名プレイヤー)とデュオでデビューしていたそうです。
そして相方ヴァンサン•セガールさん、むしろヴァンさんもフランスで天才チェリストとして多くのミュージシャンと共演を果たし、音楽プロデューサーとしても活躍されているそうです。

そんな2人が、自宅の居間で4〜5年かけてセッションを繰り返し、その中で出来来てきたものを今回のアルバムにしたそうです。
ただいま視聴しながらこのブログを書いていますが、コラとチェロ合わないはずがない。
どの曲も、インストで静かーに会話しているよう。そこにクラシック的な要素や、アフリカン!って感じの要素が混じる。2人でやるタイトさや、うるさくない感じが心地いいです。


6月6日に東京は青山のCAYにてこの2人の演奏が見れるようです。
チケットは5000円〜とちょっと高めですが、生で見たら確実に感動しそう!

アラカリ印のブインゴニ

日本に帰ってきて、ババから教わった曲を弾いてると新たな欲が出てきた。 「音(弦)の数を増やしたい!2本、、いや4本増やして12本弦にしたら表現力が上がるんではないか」と。  昔から何かを作る事が好きな性分で、ババという演奏者であり楽器作りの師匠の下にいた事もあり、何のためらいもなく新しいンゴニを作ってみようと思い立つ。もうこうなると、いても立ってもその事が頭から離れず、頭の中の設計図を紙に描いてみる。  そう描き進めていく内に問題にぶつかった。ボディーとなるカラバスがない。いや無い事はない、アラカジャで輸入した半割れのカラバスがいくつもある。しかしンゴニは球体の2〜3割をカットして、球体部分を多く残す事によって深みのある低音、倍音が出る。半分のカラバスではコラになってしまう。。。  「んーー」と考えてるとある事を思い出した。 それはギニアの村にいた時、飲料以外の水は井戸からくみ上げていたのだが、そこの井戸のオケは壊れていたのか、ブイを切ったものをオケの代わりに使っていたのだ。しかも水をより多くくみ上げる為に、球体の2割ほどをカットしていてそのままンゴニになりそうなカタチをしていた。  ブイなら地元の海でもよく見ていたし、堅いプタスチックでできているはずだから、カラバスよりも丈夫なはず。 「これだー!」と思って、ナイフをもって深夜の海に忍び込み.....じゃなくて、釣り具屋さんや漁師さんを巡り情報収集、結局通販で手に入れる事が出来た。  本当はそれから作るのが大変なんだけど、その話はまた今度します。
 出来上がったブインゴニは、想像以上に良い出来で(自画自賛すいません)、当時やっていたアフロピーナッツのライブで使い始め、辻堂のエコモでやっている展示販売集団「souk」でも置かせてもらったり、アースガーデンなんかにも持っていってみた。  しかしながらマイナー楽器。興味深く触っていく人は多いけれど、買うまでにはいたらない。そんな日々の中、山梨の友人からの誘いで山梨にライブに行く事になった。ライブの当日集合して、その場で曲を作っていく過程で、持っていたンゴニの曲もやる事になる。  ライブは大成功。ジャンベの曲も、ンゴニの曲もその日に仕上げたとは思えない、見る側もやる側も楽しめた内容になった。わいわいと喜び、次の日の帰りがけで、荷物を車に積んでいると、「俺ンゴニ買うよ」と呼んでくれた友人が言う…

ンゴニの師 ババ

前回のンゴニのお話の続き。思い出ね。

バレー団でバラフォンを叩いていた時には、そんな事あまり感じなかったが、こう目の前にしてみるとババはギニア人には珍しく小柄な男性だった。
そして彼から手渡されたンゴニもそれまで見知っていたンゴニよりも小柄で丁寧に作られていた。
バラフォンの木にペグではなく、巻き付けられたロープで8本のテグスを固定しただけのシンプルでアコースティックな楽器だったが、予想以上に大きな音、共鳴帯のカラバスの微妙な倍音が響き、無意識に弦を弾いているだけで、一気にこの楽器の虜になってしまった。
そしてこの日からババとのレッスンが始まった。
練習場所はこれまた小さなババの寝室の半分以上を締めている大きなベットの上。
午後、ババはバレエの練習、僕はジャンベの練習があったのでンゴニのレッスンは毎日朝に行われた。
ババは元々グリオの家系で、バラフォン、コラ、ジェリンゴニといったメロディー楽器を演奏する。ジェリンゴニとは、開放弦のカメレンゴニと違ってギターのようにフレットを押さえて演奏される。ババはコナクリでこのジェリンゴニを弾ける人は非常に少なく、自分も含めて5人くらいだと言っていた。(真相は??)
レッスン中のババはこのジェリンゴニのメロディーをカメレンゴニに置き換えて教えてくれた。しかし作り立てのンゴニは皮やテグスのテンションが不安定で、全体のチューニングバランスが整うのに時間がかかる。(湿度や温度、朝タクシーでババの家に行く間にズレてしまう)時にはレッスンの半分以上の時間をかけてチューニングする事もあった。
それでも毎朝、朝日に背を押されババの待つベットに向かい、帰国までに10曲ほど教えてもらう。ババはコナクリ在住のマリンケ族の人間だからマリンケ語もスス語も話す。そして彼の教えてくれる曲も、歌によって言葉が変わったりもした。マリンケ発祥の楽器だけあってマリンケの唄にはどこか古く、歴史的な歌詞や響きがある。逆にスス語の曲は新しく、日常的な歌詞が多い。
夜、覚えたての曲の練習をしていると、自分の意とは思えないメロディーが浮かんできたり、隣にいた友達が即興で唄を乗せてくれたり、逆に日本語の歌詞を付けてみたり、リズム的な発想で色々遊んでいた。 「何だ思えばメロディーもリズムの一部なんだな」と、どこか敬遠していたメロディーの世界への興味が一気にわいてきた。 ンゴニやババと会…