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3月, 2018の投稿を表示しています

4月の予定。

すっかり、春になりました!
今年の冬は長〜く感じたけど、やっぱり春は来るんだね(しみじみ)と。
ということで、イベントやライブもここから、また始まっていきますね。
4月は新しく物事を始めるのにも、もってこい。
初心者の方も、経験者の方も、あなたのノックを待ってます!
今月もココロオドル日々をお届けします。。



オープンクラス (誰でも参加できます、ただいまドゥンドゥンバファミリーに挑戦中)
4月 7日(土) 19:00〜22:00 @ 村岡   4月14日(土) 19:00〜22:00 @ 片瀬 ※ 4月21日(土) 19:00〜22:00 @ 村岡 4月28日(土) 19:00〜22:00 @ 村岡
プログレスクラス (汗をかいたり、より上を目指すためのクラス)
4月 2日(月) 19:15〜22:00 @ 六会 4月 9日(月) 19:15〜22:00 @ 六会 4月23日(月) 19:15〜22:00 @ 六会 4月30日(月) 19:15〜22:00 @ 六会
ンゴニクラス (西アフリカのハープ、ンゴニで歌う。楽器レンタル有り)
4月10日(火) 19:15〜22:00 @ 善行 4月24日(火) 19:15〜22:00 @ 善行
木曜ペティクラス (超初心者から還暦越えまで、和気藹々で開催中)
4月 5日(木) 11:00〜14:00 @ サロン ドゥ グレイスM 4月12日(木) 11:00〜14:00 @ サロン ドゥ グレイスM 4月19日(木) 11:00〜14:00 @ サロン ドゥ グレイスM 4月26日(木) 11:00〜13:00※ @ サロン ドゥ グレイスM この日に限り14:00〜片瀬のデイサービスにてライブ
月曜トライアルクラス(ジャンベを始めてみたい人から経験者まで)
4月 2日(月) 11:00〜14:00 @ サロン ドゥ グレイスM 4月 9日(月) 11:00〜14:00 @ サロン ドゥ グレイスM 4月16日(月) 11:00〜14:00 @ サロン ドゥ グレイスM 4月23日(月) 11:00〜14:00 @ サロン ドゥ グレイスM 4月30日(月) 11:00〜14:00 @ サロン ドゥ グレイスM
特別クラス
4月 8日(日) ジャンベファミリーワーク&セッセ交流会 @ グレイスM

4月11日(水) 西アフリカの弦…

気を使う。気を効かす。

音、分子、赤外線、気持ち、自由、概念、匂い、磁気、、など
目には見えないけれど、確かに存在するものはこの世に沢山ある。


 その中でも、東洋発信の概念「気」についての話。
僕自身、「気」が一体何なのか?本当のところよく分からない。
しかし分からないなりに、感じた事を言葉にして見ます。

学生時代、気を操る先生がいた。
授業の内容や、顔などはほとんど覚えていないが、その先生が言った
「気の出ている手は、霜降り状態になっている」って言葉だけ鮮明に残ってる。
というのも、特に冬など手の血行が悪い時に、ジャンベを叩いても
あまり良い音がしなかったり、音分けに苦労したりするのだが、
30分くらい叩いているうちに、音が軽く出るようになったりする。
その時の状態の自分の手を見てみると、まさに「霜降り状態」になっている。


これは血行が良くなった分、血液量が増して、物理的に手の平の重さが
重くなり、重さが増した分、衝撃が増して、音が大きくなった。とも言えるが、
「気」が出ているから、音が大きくなった。と捉える事もできる。
どうやら、血液の流れ(生命エネルギー)と気の流れは関係性がありそうなのだ。

先人の作った「言葉」にして見てみると、腑に落ちたりする。
「やる気」「強気」「弱気」「負けん気」などはもう少し内面的な
「気」持ちや「気分」を説明した言葉で、
「気」も持つ事ができるなら、手離す事もできるわけで、
人は色んなの「気」をまとう事で、気持ちが変わる。
「気」はそのように常に一つの状態ではなく、周りにも影響されつつ、
細分化され色々な方向へ分かれて行くので、気分は変わりやすい。
「病気」は気が病になった状態のこと。→気の病が、症状として体に出る。
「元気」は気が元に戻った状態のこと。→つまりは元気とは通常時の事。
「殺気」は誰かが自分を「殺そう」という「思い」に気がついた時に感じるもの。

「気」。。やはり目には見えないけども、心当たりある感じがする。。
そのエネルギーをどう認識するかは、人それぞれなんだと思うけど、
つまりは、意識しようが、しなかろうが「気」に左右されている
自分がいる訳です。

ここからが本題なのですが、日常生活の中で「気を使ってくれる」人がいます。
「気を使う」という言葉はポジティブにはネガティブにも取れますが、
「使う」ということは、消費している、消耗しているということなの…

声と音色。話し方と叩き方。

以前の記事で「ジャンベには基本的な3つの音がある」と紹介しましたが、
この3つの音をクリアに、自由に操るためには、相当な時間がかかります。

初めは「何となく音が分かれてるかな?」くらいから始まると思います。
勿論、その状態でもリズムアンサンブルとして楽しめるものですが、
上手な人や、音の大きな人と叩くたびに、
「もっとクリアに自由に良い音を出せるようになりたい」という課題が現れる。
そして、長く太鼓を叩く中で、手が痛くなったり、どこかを痛めたり、
速さに追いつかずに腕が止まったり。そんなことをを繰り返して、
 太鼓と友達になって、初めて自分の音を手に入れるような気がします。

太鼓の「音」をアフリカの言葉で「Kan」といいます。
この「Kan」は「言葉」という意味であり、「声」という意味でもある。
つまり、アフリカ人たちは「(楽器の)音」も「声」も「言葉」ですら、

同じ意味合いとして、捉えている訳です。

 なるほど、僕も長年色んな人ジャンルの太鼓叩き達と太鼓を叩いてきましたが、
叩き手の出す太鼓の音色やフレーズは、
そのまま叩き手のパーソナリティーを表してる
と感じてきました。
 声の大きない人、自分を余り表に出さない人、すぐふざける人、真面目な人、
おしゃべりさん、無口、自信がある人、自信がない人、etc.....
 太鼓がシンプルな楽器だからか、
そうしたシンプルで根源的な特徴ほど、音によく現れる。
もちろん、その時の心情や気分も変化しながらも影響していて、
太鼓を前にした時に、自分自身で自分の強い感情に気づく事もある。
 いわば、太鼓を叩いていくうちに、自分のそうした根本的なエゴの部分や、
自身の変動的な感情に対峙させられ、音楽的に成長するために、


自分の心の癖をも修正しようと試みる事になる。
だから楽器の習得は人生の縮図のようなものなのだ。
自分の良い所も、悪い所も、生き様も、癖も赤裸々に見せてくれるだけでなく、
楽器を始めて触ってから、出来ることを増やしていく過程は、
0歳から初めて成長してゆく過程をもう一度味わうチャンスなのだ。

そして突き詰めていくと自分ではマイナスに見えていた要素も、
その人の叩き手としての魅力の一部となり、見ている人を熱くさせたりする。

生まれながらに「美声」を持っている人がいるように。
初めてジャンベを叩いたのに「綺麗な音」を出せる人もいる…

教え上手と学び上手。

僕のジャンベの歴史を簡単に振り返ってみると、
独学から始まり、現地に渡りアフリカの師匠から教わり、
帰って日本で仲間と切磋琢磨し、飽きたり、ハマったりを繰り返し、
今尚、学ぶ立場ではありますが、教えると言う立場にも立たせてもらっている。
だから、ジャンベに関して言えば、

創り出す事(独学)も、学ぶ事(教わる)も、競争する事(切磋琢磨)も、
伝える事(教える)も経験してきた。
 小学校5年の時の音楽の筆記テストで人生初の0点を取った自分が、
まさか音楽を教える立場になるとは、人生もなかなか笑える。

どんな学問でもそうだと思うが「教える」と言うことに関して
「上手い、上手くない」と言う言葉で先生を評価、判断する事ができる。
しかしその言葉は同時に、学ぶ方にも「教わる」ことに関して、
「上手い、上手くない」と言う形で返ってくるのである。
そんな事を一番初めに意識したのは、ギニアに初めて行った時。
 初日に出会った、先生イブロの元でレッスンを受け、一週間ほど経った頃、
コナクリの先端にある、断崖絶壁に建てられた塀の外側の、
幅2メートルくらいの獣道であるいつもの場所へ練習をしに行ったら、

先客がいた。


西洋人の生徒一人に、ギニア人勢が5人くらいで並んで太鼓を叩いている。
いつもマンツーマンだった僕には、その光景が豪華に輝かしく映った。
 イブロも先生陣とは知り合いだったらしく、楽しげに話し込んでいる。
シャルと名乗った、そのフランス人は丁度やってたリズムを
理解しきれなかった途中のようで、非常にイラついた様子だった。
先生達の談合の結果、とりあえず、その日一緒に練習する事になった。
シャルは仕事の関係上、以前からコナクリに住んでいて、半年ほど前から、
ジャンベを習っていたらしく、沢山のリズムに挑戦していた。
が、出来ない事を指摘されるほどに、ああからさまに機嫌が悪くなって行った。
 シャルの先生も、まだ幼かったが相当な叩き手で、
気持ちもシャルに負けないくらい強かったので、指摘も段々強くなり、
最後には「あれ?喧嘩してるの?」くらいヒートアップしていった。

 その後、何度かその場所で、顔を合わせる内に、
合同でレッスンをする事も増え、シャルは僕の兄弟子的存在となった。

その後、フランスでもお世話になったりとシャルを理解した今、
大切な兄弟子なのですが、出会った当初は素…

無意識とリズムの覚え方。右脳派、左脳派。

アフリカには数多くのリズムがある。 西アフリカだけでも、無数のリズムがあり、
地域的な解釈でそれが少しづつ変化し、
今尚、新しいリズムが創られている、と考えると数百は下らない。
 そして一つのリズムと言っても、
それは複数のリズムパターンの集合体であって、
その上に乗るソロのリズムパターンも加えると、なかなか、、その道のりは長い。  しかも、僕らにとっては遠い遠い外国の極めて主観的で地域的な音楽なので、
覚えることはおろか、理解することすら最初は難しいかもしれない。  しかしそんな土壌の日本でも、
頑張って理解をしようとしている人達が増えているし、
実際にアフリカ人と共に叩いても、何の遜色もない日本人もいる。
そうなる為に、たくさん努力したのか?
ただ楽しく突き進んで行ったらそうなったのか?
それは人それぞれだとは思うが、そんな皆が皆、
沢山のリズムを記憶している事は間違いない。 立派なジャンベ叩きになるには、覚えることも多いのです。。

今回はそのインプットのお話。
僕自身、今まで多くのジャンベ叩き達に会ってきて思ったのが、
やはりそれは「右脳派」と「左脳派」に大きく分けられる事だ。
インプットとは理解(分かった!)から記憶(身体に入った!)
までの流れの事。

「右脳派」は感覚派。
リズムを音楽、メロディーとして捉えているので、
理解は速いが、記憶はすぐになくなる傾向。
しかし一度身体に入ったリズムは忘れない。
理解しがたいリズムは嫌い。女性に多い。

「左脳派」は理論派。
リズムをパルスや数式的に捉えているので、理解するまでに時間がかかりやすい。
が、後に自分の中で整理されたら、忘れにくい傾向。
比較的複雑なアンサンブルを好むが、自分の数式が崩れるとフリーズする。
男性に多い。


なんて、勝手に書かせてもらいましたが、
要は、どちらも一長一短。
なので中道。「どちらの感覚も利用する」って事が一番の近道だと思うのです。 「右脳派」の感覚が理解できない「左脳派」の人は、
自分の好きな歌を繰り返し聴いてくうちに覚えてしまう感覚を
思い出してみてください。
メロディーや歌詞の様に太鼓を聴いてみるといいかも知れません。


左脳的理解を毛嫌いする「右脳派」の人は、
聴覚的な情報を、視覚的な情報に変化させたら、
それは綺麗な図形とも取れるし、いつでも取り出せると思って下さい。 そもそも…