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子ども達と唄作り①

この度、横浜こども医療センターのこども達と一緒に唄を作りました。
去年の4月から準備して、2019年、年明けにやっと形になりました。
学校事だったので、写真は使えないし、説明も難しいしと思って
あえてブログには載せていませんでしたが、
こうゆう活動は、色んな人に知ってもらってこそだと思うので、

ここまでの経緯を簡単に説明します。(と言いつつ、連載になりそう)
4年前に、地元のお祭り「鎌人いちば」でボランティアをしている、
藤沢養護学校 鎌倉分教室(高校生)の生徒さん達と出会いました。
その出会いから、彼らがの出した「詩」に音楽を付けるという仕事を頂き、
「ありがとう〜繋がる方程式」という歌を作りました。
 勿論そんな風に、誰かとコラボレーションして曲を作るという経験は
当時した事なく、
 出来るだけ多くの生徒の言葉を使おうと奮闘したところ、
8分超えという超大作になってしまったり、自分が自然に歌っているキーが
「女子生徒には歌いにくい」となり、途中からキーを変更したり、
合唱で歌いやすいテンポを見つけたり、
生徒達と歌っていく中で、曲は変化し、本当の完成を迎えた気がした。
 曲が完成してからは、麻はかと共に、学校の行事や鎌人いちばで披露してきた。
現在、その時の生徒ももう成人になっており、
最近、そうゆう学校の活動ともご無沙汰だったのだが、
去年の4月に、当時、分教室で担当をしていた先生から久しぶりに連絡が入った。
「今年から(不本意にも?)学校を移動になったんですが、
今一つのプロジェクトがありまして、そこに自分の天命を感じました。」
「今度の学校でも生徒達との歌を是非作って欲しいんです。
しかも今度の学校は病院の中にあるんです。」と熱いメールだった。

「病院の中の学校??」と学校のイメージも生徒のイメージもあまりないまま、
先生の話を聞きに学校に行ってみた。
なるほど、ここは「神奈川こども医療センター」といって、
横浜の六ツ川の丘にそびえ立つ、県内最大の小児医療施設で、
病院、病棟、学校、カフェにコンビニまである一つの町の様な場所である。
 その全てが繋がった、広大な迷路の様な建物の中に、
「神奈川県立横浜南養護学校」のスペースがある。
ここには、
事故や怪我、病気などで短期的に、入院している小学生の1組と、中学部。

小児ガンや、その他の重病と向き合いながら、長期的にいる小学生の2組、

先天的に重度な障害を持って生まれてきて、そのほとんどをここで過ごしている
重症心身障害児と呼ばれる子達が集まった重心クラス。

と4つのクラスがある。
中学部は試験で忙しかったのだが、1組、2組、重心クラスを見学させてもらった。
 
1組は、車椅子の子や、静かな子が多いが、子供達のノリは普通の小学生と
そう変わらない様子、30人くらいの賑やかなクラスだった。

2組は、5〜6人のクラスで、ほとんどの生徒が、チューブや点滴?と繋がった状態
で、授業中も途中疲れちゃったり、薬の影響で眠くなったりする子もいた。
それでも、目の前で楽器を弾いてみるとみんな興味津々に、挑戦してみたいという。
子供らしい反応に、見た目の痛々しさを感じさせない無邪気な一面を見た。

最後に訪れた、重心クラスは、正直、衝撃的な世界でした。
 折れ曲がった身体、見開いた目、ほぼ寝たままでいる子、
そのほとんどがそれぞれの生命維持装置をつけて生きている子供達。
「こんなにいたんだ!」床には30人以上の子供達が、寝転んでいた。
彼らは「学校」とは言ったものの、学問を「学ぶ」事よりも、
「生きる」という事を「学んでいる」様に思った。
そして何よりも驚いたのが、先生達がほぼマンツーマンで、彼らを抱擁し、
撫でたり、ストレッチさせたり、レスポンスの見えにくい彼らに寄り添っていた事だ。

 その景色を見たときに、15年前、インドのコルカタにいた時のことを思い出した。
当時、放浪の旅中、何でも気になったことはやってみよう精神で、旅人から聞いた、
マザーテレサの「死を待つ人の家」でのボランティアをやってみようと思った。

 しかし、ボランティアに行ってみると、配属先は「障害児用の孤児院」だった。
インドはカースト制があって、障害者は下位カースト、カースト外とされるため、
障害児は捨てられてしまうことが多い、そんな子供達が集まった悲しき孤児院だった。
孤児院は寄付とボランティアで成り立っていたが、建物はボロボロだった。
 立地的に、ジメッとした湿度があり、街中にありながら世界の端の様な場所だった。
子供達のトイレとお風呂を同時に済ませ、動かない体をマッサージしたり、
遊んだり、洗濯や掃除をして1日が終わった。
最初は壊れてしまいそうで怖かったけど、彼らと触れていて、温かさや、
息遣い、表情は、愛されるべき「命」そのものだった。。。

そんな事を思い出しながら、重心のクラスの子ども達の前でンゴニを弾いて見た。
僕から見ていて、さほどの変化は見えなかったが、寄り添っている先生達は、
彼らの反応を見て、「ほらほら、ノッてる!」と喜んでいた。
先生曰く「他の感覚に頼れない分、彼らの聴覚は敏感に、貪欲に音を聞いている」
 ふっと気が付いたのだが、ここの空間に響いてる音って、「ピッピ」とか
「ピー」とか、心拍数や異常を知らせる電子音ばかり。。。
音が重要な情報であるここの子達の普段の生活音は、電子音なのである。。
「歌作りより何より、ここには色んな音を届けなければ」と強く思った。
僕は歌作りの仕事を引き受けることにした。

クラスによって、人によって抱えているドラマが全然違う。
曲のテーマも決まっていなければ、
学校全体が「アラカリって誰?」って思ってる状態。
ここから言葉を一つにして、曲を作っていく作業のゴールが遥か遠すぎて、
めまいがしたが、段階を経て、彼らと距離を詰めて、言葉を集めるしかない。
出来るだけシンプルで、生楽器で、生徒達自身が演奏できて、
彼らの心の声を歌える曲になれば良いなと思った。

続く

 







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