スキップしてメイン コンテンツに移動

中国を振り返って

 旅は良い。現実から非現実的な新しい世界に飛び込める。
現実から一旦切り離されると、自分の新しい一面と対峙することになる。
外の世界を知る事で、自分の現実を客観的に見ることが出来、
素直に自分の今(現実)を受け止める事ができる気がする。

わかってはいたが、中々時間がつくれない現実の中で、
忘れてさせていたような、その感情を眠らせていたような、、4年ぶりの海外。。

 今回は自分にとっても初めての土地、中国はお茶で有名な福建省、福州。
オーガナイザーの中国人、キキと醤油ちゃんが10日間の中国滞在を、
リハからライブ、お休み時間、ワークショップ、朝昼晩のご飯まで、
完璧にプロデュースしてくれていたので、
いつもの旅中に感じるような「旅の不便さ」は全く感じませんでした。


 全てを書き記すと、長くなってしまうので、
ここからはメモ的に感じたことを書きます。

「電気と水道」 
ライフラインの2本柱。
中国の電気は日本よりも強く、水道は日本の方が強い、という印象を受けました。
電気とは、電圧、使用電力、人々の依存率という意味が含まれてます。
工具を借りた時に、ルーターのモーターがすぐに焼き切れるほど、
マシーンの回転数が高く、電圧の強さを感じたし、街中には看板も多く、
広告塔は中国の国民性から、日本以上に派手で惜しみない。
ビル一棟が七色に光り輝いているのを見て、使用電力半端ねーなんて思いました。
 のわりに、トイレはトイレットペーパーが流れないから、
拭いた後のペーパーは流さないで、ゴミ箱に捨てるスタイル。水力は弱い。

「電気への依存」
 携帯電話、パソコンと使いまわしている自分ではありますが、
中国の人達の生活の中に、これほどまで電動生活が浸透しているとは思わなかった。
紙のお金は消え去り、生活の9割がスマホ決済になっており、
音のしない、電動スクーターが街中を走り回り、
スマホの地図画像からタクシーを呼び、到着地点を入力すれば、
値段と所要時間が分かって、ピッとボタンを押せば、
タクシーの運転手の評価が分かり、決済が済んでしまう。
 ご飯の出前も、話すことなく、気がついたら目の前に届く。
確かに便利ではあるが、その裏で、消しゴム一つから届けに来る、
出前のご飯も、ほかほか。。
配達人の苦労があり、評価を気にして、必要以上にサービスしてしまうドライバー
がいる。この国にうつの人が多いのも、この電気と関係があるかもしれない。
 ともあれ、ある意味、日本の近未来図を見てきた気がする。

「暑さを乗り切る知恵」
 「夏の福建省は暑い!」と聞いていた、しかし今年は日本も暑かったので、
そこまで「暑い」と感じなかった。まぁ室内はエアコンがガンガン効いていたし、
湿度は多めだけど、日本の夏とそんなに変わらないイメージだった。
 違うのは、「人々の元気さ」そしてその源が「食」からきていること。
円卓が基本です。
「4足動物の肉料理は余すことなく、食べられる全てを食べ」
豚の脳みそ。。。頑張りました。
アフリカも同じだったが、「辛味と多めの油で、胃袋へ流し込む」
独特の香辛料も、食欲を増進させており、中国人はよく食べた。
体型も日本人より、一回り大きい。
おかげで、僕も「食」が毎日の楽しみになり、よく食べました。
電気に頼る傾向にあるが、
彼らの「食」が変わらない限り、中国人は大丈夫だな、とも思った。

「ジャンベの位置」
 中国でのジャンベ人口は、もしかしたら日本人より多いかもしれない。
絶対的な人口が多いのもあるが、ポッポスと呼ばれる中国スタイルで叩かれる
ジャンベというのもなかなか浸透しているようだし、
TTMのジャンベ進級システムも日本以上に浸透している。
キキの様に太鼓の道を目指し、自分のスタジオを作る人達も主要都市にはいるらしく、
そうゆう人が各地で自分の生徒を集めている様だ。
ジャンベ好きはヒゲメガネが多い?メガネと帽子を交換中。

しかし、よく見回してみると、太鼓を習いにきている人はほぼ富裕層であった。
これは必然的な結果だと思う。経済的に余裕があるから、趣味にお金を費やせる。
そこに費やす人がいると見たら、色々な商売を作るのが上手な中国人だけあって、
トラディッショナルとは名ばかりの、インチキジャンベ教室問題もあるようだが、
国民性的に、そうゆう方が合っているようにも見えるから、なんとも言えない。
中国のここ数年での、ものすごい社会が変化してきたと思うが、
それも少し落ち着き、自国を知り、外国を知った中国。
国民的に、今まさに外の世界に興味がある時期なのだと思う。
キキチームの演奏
 ライブ会場近くでジャンベを干していたら、沢山の人が興味を示していた。
スマホ社会にしろ、ジャンベにしろ、大陸の人達は疑問なく、すぐに取り入れる。
これからの中国ジャンベ情報は見逃せない。

「言葉に頼らない事」

 4日間のワークをやり、伝えたかった事の半分も伝えられなかったなとも思うが、
それは技術的な面でのことで、楽しみを共有できたり、伝わった部分もあった。
やり方も、ダンサーゆきさんと毎日ミーティングを重ねて、現状を見ながら、
変えていった。技術的な事になるとキキの通訳なしには説明できなかったが、

音楽の捉え方など、グルーブの中では自然と、言葉(説明)に頼らず、
口太鼓を使って、身体で、気持ちで、伝えようとしていた。
 その時は一生懸命で気がつかなかったが、全てのプログラムが終わった時に、
涙が出た。その涙意味を帰りの飛行機の中で、考えていたんだけど。
ダンスのクールダウンの時に、ンゴニを弾いてみました
 きっと伝えようとしていたフレーズ達には、言葉に頼らない分、気持ち(愛)が
入っていて、そのフレーズ(気持ち)を受け取ってくれた人達を目の前にした時に、
なんだか感動してしまったのだと、結論付いた。
と、同時に日本でのワークは言葉に頼りすぎて、気持ちが
足りていなかったと反省。
その反省を生かし、今後ワークのやり方が少し変わるかも?しれません。

「情熱と愛」
 何かを人に伝えたいと思う時、その発端は「情熱」か「愛」である。
「情熱」は自分発信型で、「愛」は伝えたい誰かがいて成り立つ。

「シャリンビンとモーリーファー」
 ワーク合宿初日の夜に、シャリンビン(アラカリ発案のハイブリッド楽器、
インドネシアのバリンビンとシェイカーを掛け合わせた物)を作るワークがあった。

キキのスタジオに工具があったので、竹屋に竹を買いに行き、
ワーク前日サポートメンバーと下ごしらえして、40本のシャリンビンの元を用意した。

製作は美大出のサポーター達の活躍もあり、全員、笑顔で宿舎に帰って行った。
翌日はシャリンビンを使ってのセッションナイト。
なかなかシュールな展開から、ソロ回しとなった。
参加者みんなの個性を見れたし、ここで一人一人の認識が濃くなって行った。
ワークに参加していた台湾のタピオカミルクティー売りの2人が、会社まで
行ったのか?たくさんのミルクティーを差し入れに持ってきてくれた。
盛り上がった雰囲気のまま、一か八か日本で耳コピした「モーリーファー」
を歌うと、みんなで大合唱となった。素敵な夜になりました。
みんなが知っている音楽の持つ力は、やっぱりすごかった。

「笑顔の力」
ワークに参加していた女の子に「一天」という女の子がいた。
彼女は12歳の子供らしく、考えないで、感覚でリズムを捉えていた。
だから、大人よりも直ぐに、覚えて、直ぐに忘れていった。。
そんな感覚派の彼女に、叩ける大人たちに混ぜてソロを教えたことがあった。
簡単なフレーズは直ぐに吸収する。
そこで、ちょっと難しいフレーズを伝えてみた。
今度は、中々出来ない。
出来ないが、その時の一天は満面の笑顔だった。

「自分が出来ない事」を笑えるのは、出来ない自分を客観視出来ているという事。
ワーク後「中々出来ない事だね」とゆきさんの息子のオンちゃんに話すと、
「出来ないで、笑っていたら、日本だったら怒られるよ」と。
確かに、僕もそんな雰囲気を教育されていたと思う。
しかしこの歳になってみて、「出来ない自分にイライラするより」
「出来ない自分を笑える」方が、素敵だなと。。。
小学生に教えられました。

「思い出写真館」
福州ライブ終了後、キキのスタジオの4周年記念のケーキも作りました。


キキのスタジオでのリハーサル。自分のスタジオを持つという新しい夢を発見出来た気がする。


中国のマック!ここは観光地化されていて、昔の建物風!
開発途中の福州。高層ビル群と、ゲットーとのコントラストがすごい。

この55人乗りの高速バスで、ジャンベ合宿会場へ。
合宿場
フクロウは石にペイントされたもの、後ろに見えるドームが食堂!
砂漠地帯から来ていたボブ。毎晩ワークの後にンゴニの個人レッスン。

最終日の宴ライブの時に、ボブが習ったことを披露してくれた。マハヤの歌にもびっくりした。
書きたいこと、まだまだありますが、後は直接話します!
最後までみてくれて謝々。。

コメント

  1. お疲れさまでした。楽しい経験をしたようですね、今度色々お話を聞かせて下さい。僕の想像をはるかに超えた中国があるのですね。機会があったら行って見たいものです。
    今や事実上世界を牛耳る力を備えつつある中国。世界平和にも力を貸してくれると良いですね、

    返信削除
    返信
    1. コメントありがとうございます!実に2年ぶりくらいのブロイグへのコメントでした(笑)。実は、ワークショップの後に、日本の3・11の時の話をして「電気というものは実は儚いものだよ」と話をしました。「もし中国も電気止まったら??」という言葉に、皆現実感無さすぎなのか?笑っていました。それが現状です。

      削除

コメントを投稿

このブログの人気の投稿

アフリカ人的リズムの感じ方

アフリカ人ジャンベ叩きと一緒に叩いたり、観たり体感したことのある人には、
分かるかと思うのだが、アフリカ人のリズムには、何か異質のエネルギーを感じる。


  根源的で、野性的で、生命力そのものの美しさ、
それでいてユーモアまで感じるエネルギーを含んだリズムとでも言い表すべきか?
僕自身も色々な理由からジャンベを続けてこれたが、
「アフリカ人の様なフィーリングで叩きたい」という思いが常にあった。
「一体何が、我ら日本人と違うのか?」と思いたって、アフリカ人の演奏を観察し、
時に同じ生活をする事で見えてきた違いは、
音量、スピード、熱量、前ノリ感、独特の間、ポリリズム感など、
挙げたら切りが無い。


が、その違いを一つ一つ理解して、日本人らしく、論理的かつ柔軟な感覚で
アフリカンフィーリングを習得して行ったら良いと思い、
このblogで記録しながら共有してます。
まぁフィーリング(感覚)の話なので、習得には個々人の訓練と慣れが必要になってきます。

  そんな今回は、1番簡単にアフリカ人フィーリングに近づける方法!


題して「アフリカ人的リスムの感じ方」



それを一言で言うと、
「アフリカ人達は、リズムを最小限で捉えようとする」
と言うことになる。
「リスムを最小限?捉える?」となると思うので、ここで例を、
(B=ベース。T=トニック。S=スラップ。)
KUKU (4/4) ジャンベ アコンパ


①は通常どおり、リズム譜にリズムを記したもの。

②は日本人的リズムの捉え方。
B(ベース)をリズムの頭と捉えて「ドントトッ カッ」とリズムを出している。
この場合、8拍あるうちの、7拍分がリズムへの集中力となり、1拍が休憩となる。

③はアフリカ人的リズムの捉え方。
S(スラップ)を頭と捉えて、「カッ ドントトッ」とリズムを出している。
この場合、リズムの集中力が6拍分、2拍が休憩となる。


同じリズムではあるが、捉え方によって、休憩できる拍が変わってくる。
休憩が増えるということは、それだけ楽にリズムを捉えることができるのです
もう一つ、よく叩かれるリズムで見てみましょう!
KASSA(4/4)ジャンベ アコンパ

①は通常どおり、リズム譜にリズムを記したもの。

②は日本人的リズムの捉え方。
拍の頭をリズムの頭と捉えて「カッ カカットト」とリズムを出している。
この場合に至っては、休憩の拍がなくなり、…

声と音色。話し方と叩き方。

以前の記事で「ジャンベには基本的な3つの音がある」と紹介しましたが、
この3つの音をクリアに、自由に操るためには、相当な時間がかかります。

初めは「何となく音が分かれてるかな?」くらいから始まると思います。
勿論、その状態でもリズムアンサンブルとして楽しめるものですが、
上手な人や、音の大きな人と叩くたびに、
「もっとクリアに自由に良い音を出せるようになりたい」という課題が現れる。
そして、長く太鼓を叩く中で、手が痛くなったり、どこかを痛めたり、
速さに追いつかずに腕が止まったり。そんなことをを繰り返して、
 太鼓と友達になって、初めて自分の音を手に入れるような気がします。

太鼓の「音」をアフリカの言葉で「Kan」といいます。
この「Kan」は「言葉」という意味であり、「声」という意味でもある。
つまり、アフリカ人たちは「(楽器の)音」も「声」も「言葉」ですら、

同じ意味合いとして、捉えている訳です。

 なるほど、僕も長年色んな人ジャンルの太鼓叩き達と太鼓を叩いてきましたが、
叩き手の出す太鼓の音色やフレーズは、
そのまま叩き手のパーソナリティーを表してる
と感じてきました。
 声の大きない人、自分を余り表に出さない人、すぐふざける人、真面目な人、
おしゃべりさん、無口、自信がある人、自信がない人、etc.....
 太鼓がシンプルな楽器だからか、
そうしたシンプルで根源的な特徴ほど、音によく現れる。
もちろん、その時の心情や気分も変化しながらも影響していて、
太鼓を前にした時に、自分自身で自分の強い感情に気づく事もある。
 いわば、太鼓を叩いていくうちに、自分のそうした根本的なエゴの部分や、
自身の変動的な感情に対峙させられ、音楽的に成長するために、


自分の心の癖をも修正しようと試みる事になる。
だから楽器の習得は人生の縮図のようなものなのだ。
自分の良い所も、悪い所も、生き様も、癖も赤裸々に見せてくれるだけでなく、
楽器を始めて触ってから、出来ることを増やしていく過程は、
0歳から初めて成長してゆく過程をもう一度味わうチャンスなのだ。

そして突き詰めていくと自分ではマイナスに見えていた要素も、
その人の叩き手としての魅力の一部となり、見ている人を熱くさせたりする。

生まれながらに「美声」を持っている人がいるように。
初めてジャンベを叩いたのに「綺麗な音」を出せる人もいる…

リズムから解く人間関係 〜ポリリズム〜

人間は母親のお腹にいる頃から、鼓動というリズムを鳴らし始め、
産声をあげ、呼吸というリズムを始め、
意識しようがしまいが、朝昼夜と時間のリズム、春夏秋冬といった季節のリズム、
所属団体(家族、学校、会社など)の習慣のリズムなど、
日々様々なリズムの中で暮らしている。



「僕らの生は、数あるリズムが、同時に鳴っている上にある」といっても過言ではない。

リズムは、「一定間隔」で「継続」されることにより、心地良いリズムとなる。
逆に「不定間隔」に「断続」的なリズムは、人々を不快にさせる傾向がある。
 そうゆう意味で、鼓動は人間にとって一番身近なバロメーター的リズムとなっている。


平常時、「トクトク」と脈打つ鼓動が例えば、車に突然轢かれそうになった時に
「どきっ」と反応し、「ドキドキドキドキ」と鼓動が速くなる。
これは、自分に迫った危機に対する回避反応ではあるが、
その後必ず怒りが沸き起こる。(轢かれてなかった場合ですね)
 その怒りは、「あぶねーだろ!」って気持ちと、
自分を「どきっ」とさせたこと=心地良いリズムを、中断させられた怒りである。


 時差ボケで苦しめられたり、昼夜逆転の生活がうつ病を招きやすかったり、
休日出勤に嫌気がさしたり、予想してなかった渋滞に巻き込まれたり、
人間は自分のリズムが崩された時に、ストレスに感じる。のです。

自分のリズムを崩す際たるものが、、、、他人です。
まぁ、動物の中で、唯一エゴを持った僕ら人間の宿命みたいなものですが、
自分のリズムとグルーブして、リズムを昇華させてくれるのも、他人です。


人間は本来それぞれ自分の心地良いリズム、得意なリズムで生きていたいものなのです。