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カマレンゴニ オーダー

 カマレンゴニ、直訳すると「若者の弦楽器」



そうアラカリが使ってるあの楽器、正式名称は「カマレンゴニ」なのです。

元々、狩人が儀式に用いる為の楽器として一般の人は気安く触れなかったドンソンゴニ。

しかしどんな時代にも、アイディアと柔軟な解釈で、楽器を発明する人はいるもので、

1960年〜70年くらいにドンソンゴニをモチーフに作られた、

「誰でも(若者でも)使える弦楽器」としてカマレンゴニが登場する。。

トラディッショナルをベースにしながらも、比較的新しい楽器なので、

作り手や、演奏者の趣味や、地域によって、その形、構造は様々である。

 マリは右に傾けて弾く、ブルキナは左に傾けて使うとか、ギニア産のボディは

半分のカラバスを2つくっつけて作っていたり。

 で、何が言いたいのかというと、カマレンゴニはひらかれた楽器だって事。

演奏するのも、制作するのも、制約がない。アフリカ人だって、日本人だって。

いや、むしろ制作に関して言えば日本人の方が上手に作る。。

 そんな僕も、たくさんのカマレンゴニを作ってきました。


そんな僕の過去に作ったンゴニの作品集。

初期の作品。丸いカラバスが手に入らなかったので、ブイを使って作ってた。


この角度で耳を残すと、自立するんだと発見!


ブイはほとんどがオレンジなのでボディの色、鋲の色にもこだわって作ったり。



 
そして、木のお盆でも作ってみる。初代エレキンゴニ。

なかなかソリッドな音がして、エフェクトの乗りが良い!



どうせならみんなで作っちゃえ!と制作のワークショップを開始。


たくさんの人が参加してくれました。


小さめのブイで作った、ペグ無しトラッドタイプ。


小さめのブイ、ペグ使用。


ありがたい事に、この頃からオーダーが入ってきました。



こだわりのラスタカラー


ブルキナから輸入した、カラバスを使って、本格派ンゴニへ。


お客さんのリクエストにも応えて個性を出す。

これは屋久杉の破片を棒に埋め込んで欲しいというお客さんのもの。



は虫類が好きな人に、ヘビをイメージしたニョロニョロ心棒。


駒に名前を彫ってみたり、、、


棒の先を合掌にしてみたり。

そして、


もっともっと、気軽に弾けるようにと空きカンで作ってみたり。

振り返ってみると、我ながら色々やってるんだな(笑)


気がつくと、周りの誰かがンゴニを弾いてくれる。

そんな環境にも近づいて来たのかな??

でもまだまだ、ンゴニの魅力を伝えなければ。。。

ンゴニやってみたい、ンゴニが欲しい、ンゴニ作ってみたい等

ありましたら、連絡お待ちしております。








コメント

  1. 素敵ですね!
    つくったり、ながめたり、かなでたり
    してみたいです

    返信削除
  2. そんな時は、うちに来てください。
    全て叶えられます。

    返信削除

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声と音色。話し方と叩き方。

以前の記事で「ジャンベには基本的な3つの音がある」と紹介しましたが、
この3つの音をクリアに、自由に操るためには、相当な時間がかかります。

初めは「何となく音が分かれてるかな?」くらいから始まると思います。
勿論、その状態でもリズムアンサンブルとして楽しめるものですが、
上手な人や、音の大きな人と叩くたびに、
「もっとクリアに自由に良い音を出せるようになりたい」という課題が現れる。
そして、長く太鼓を叩く中で、手が痛くなったり、どこかを痛めたり、
速さに追いつかずに腕が止まったり。そんなことをを繰り返して、
 太鼓と友達になって、初めて自分の音を手に入れるような気がします。

太鼓の「音」をアフリカの言葉で「Kan」といいます。
この「Kan」は「言葉」という意味であり、「声」という意味でもある。
つまり、アフリカ人たちは「(楽器の)音」も「声」も「言葉」ですら、

同じ意味合いとして、捉えている訳です。

 なるほど、僕も長年色んな人ジャンルの太鼓叩き達と太鼓を叩いてきましたが、
叩き手の出す太鼓の音色やフレーズは、
そのまま叩き手のパーソナリティーを表してる
と感じてきました。
 声の大きない人、自分を余り表に出さない人、すぐふざける人、真面目な人、
おしゃべりさん、無口、自信がある人、自信がない人、etc.....
 太鼓がシンプルな楽器だからか、
そうしたシンプルで根源的な特徴ほど、音によく現れる。
もちろん、その時の心情や気分も変化しながらも影響していて、
太鼓を前にした時に、自分自身で自分の強い感情に気づく事もある。
 いわば、太鼓を叩いていくうちに、自分のそうした根本的なエゴの部分や、
自身の変動的な感情に対峙させられ、音楽的に成長するために、


自分の心の癖をも修正しようと試みる事になる。
だから楽器の習得は人生の縮図のようなものなのだ。
自分の良い所も、悪い所も、生き様も、癖も赤裸々に見せてくれるだけでなく、
楽器を始めて触ってから、出来ることを増やしていく過程は、
0歳から初めて成長してゆく過程をもう一度味わうチャンスなのだ。

そして突き詰めていくと自分ではマイナスに見えていた要素も、
その人の叩き手としての魅力の一部となり、見ている人を熱くさせたりする。

生まれながらに「美声」を持っている人がいるように。
初めてジャンベを叩いたのに「綺麗な音」を出せる人もいる…

アフリカ人的リズムの感じ方

アフリカ人ジャンベ叩きと一緒に叩いたり、観たり体感したことのある人には、
分かるかと思うのだが、アフリカ人のリズムには、何か異質のエネルギーを感じる。


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それでいてユーモアまで感じるエネルギーを含んだリズムとでも言い表すべきか?
僕自身も色々な理由からジャンベを続けてこれたが、
「アフリカ人の様なフィーリングで叩きたい」という思いが常にあった。
「一体何が、我ら日本人と違うのか?」と思いたって、アフリカ人の演奏を観察し、
時に同じ生活をする事で見えてきた違いは、
音量、スピード、熱量、前ノリ感、独特の間、ポリリズム感など、
挙げたら切りが無い。


が、その違いを一つ一つ理解して、日本人らしく、論理的かつ柔軟な感覚で
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このblogで記録しながら共有してます。
まぁフィーリング(感覚)の話なので、習得には個々人の訓練と慣れが必要になってきます。

  そんな今回は、1番簡単にアフリカ人フィーリングに近づける方法!


題して「アフリカ人的リスムの感じ方」



それを一言で言うと、
「アフリカ人達は、リズムを最小限で捉えようとする」
と言うことになる。
「リスムを最小限?捉える?」となると思うので、ここで例を、
(B=ベース。T=トニック。S=スラップ。)
KUKU (4/4) ジャンベ アコンパ


①は通常どおり、リズム譜にリズムを記したもの。

②は日本人的リズムの捉え方。
B(ベース)をリズムの頭と捉えて「ドントトッ カッ」とリズムを出している。
この場合、8拍あるうちの、7拍分がリズムへの集中力となり、1拍が休憩となる。

③はアフリカ人的リズムの捉え方。
S(スラップ)を頭と捉えて、「カッ ドントトッ」とリズムを出している。
この場合、リズムの集中力が6拍分、2拍が休憩となる。


同じリズムではあるが、捉え方によって、休憩できる拍が変わってくる。
休憩が増えるということは、それだけ楽にリズムを捉えることができるのです
もう一つ、よく叩かれるリズムで見てみましょう!
KASSA(4/4)ジャンベ アコンパ

①は通常どおり、リズム譜にリズムを記したもの。

②は日本人的リズムの捉え方。
拍の頭をリズムの頭と捉えて「カッ カカットト」とリズムを出している。
この場合に至っては、休憩の拍がなくなり、…

リズムから解く人間関係 〜ポリリズム〜

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所属団体(家族、学校、会社など)の習慣のリズムなど、
日々様々なリズムの中で暮らしている。



「僕らの生は、数あるリズムが、同時に鳴っている上にある」といっても過言ではない。

リズムは、「一定間隔」で「継続」されることにより、心地良いリズムとなる。
逆に「不定間隔」に「断続」的なリズムは、人々を不快にさせる傾向がある。
 そうゆう意味で、鼓動は人間にとって一番身近なバロメーター的リズムとなっている。


平常時、「トクトク」と脈打つ鼓動が例えば、車に突然轢かれそうになった時に
「どきっ」と反応し、「ドキドキドキドキ」と鼓動が速くなる。
これは、自分に迫った危機に対する回避反応ではあるが、
その後必ず怒りが沸き起こる。(轢かれてなかった場合ですね)
 その怒りは、「あぶねーだろ!」って気持ちと、
自分を「どきっ」とさせたこと=心地良いリズムを、中断させられた怒りである。


 時差ボケで苦しめられたり、昼夜逆転の生活がうつ病を招きやすかったり、
休日出勤に嫌気がさしたり、予想してなかった渋滞に巻き込まれたり、
人間は自分のリズムが崩された時に、ストレスに感じる。のです。

自分のリズムを崩す際たるものが、、、、他人です。
まぁ、動物の中で、唯一エゴを持った僕ら人間の宿命みたいなものですが、
自分のリズムとグルーブして、リズムを昇華させてくれるのも、他人です。


人間は本来それぞれ自分の心地良いリズム、得意なリズムで生きていたいものなのです。