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6月の予定

6月に入ります。四季のある日本という土地で、 ジャンベにとって一番過酷な「梅雨時期」に突入します。 太鼓が湿気を含むと、皮が緩み、普段よりも鳴らなくなります。 そこを無理して横じめすると破れたりします。 ケースに乾燥剤を入れたり、工夫してこの時期を乗り切りましょう! アメニモマケズ。6月も動きまーす!! ジャンベ オープンクラス 6月 9日(土) 19:00〜22:00 at 村岡 6月16日(土) 19:00〜22:00 at 村岡 6月30日(土) 19:00〜22:00 at 村岡 ジャンベ プログレスクラス  6月 4日(月) 19:15〜22:00 at 六会 6月11日(月) 19:15〜22:00 at 六会 6月21日(月) 19:15〜22:00 at 六会 ンゴニクラス 6月12日(火) 19:30〜22:00 at 善行 6月26日(火) 19:30〜22:00 at 善行 ジャンベ ペティ クラス 6月 7日(木) 11:00〜14:00 at サロンドゥグレイスM 6月14日(木) 11:00〜14:00 at サロンドゥグレイスM 6月21日(木) 11:00〜14:00 at サロンドゥグレイスM 6月28日(木) 11:00〜14:00 at サロンドゥグレイスM ジャンベ トライアル クラス 6月 4日(月) 11:00〜14:00 at サロンドゥグレイスM 6月11日(月) 11:00〜14:00 at サロンドゥグレイスM 6月18日(月) 11:00〜14:00 at サロンドゥグレイスM 6月25日(月) 11:00〜14:00 at サロンドゥグレイスM WONTANARA ンゴニ クラス 6月20日(水) 19:30〜21:30 at WONTANARA  TOKYO LIVE & special 6月 2日(土)〜3日(日) CーCAMP at 朝霧高原 チャイハネ主催の野外フェスに「アフリカサカバ」として出演。 6月17日(日) 夕方〜 鎌倉peace parade 平...

ワークショップにまつわる事

忘れもしない、2008年の春にブックオフで古本を物色していたら、 当時のバンドメンバーくまちゃんからの着信があった。 「辻堂のレゲエバーで、日曜お昼の時間帯を有効利用したいらしいので、 ジャンベのワークショップやらない?紹介するよ」と。 当時は、9ヶ月のギニア滞在から帰ったばかりで、人とリズムを共有したいという 想いが強かったので、それはうってつけのお誘いだった。  友人のそのお誘いから「教える事」を始めることになり、今に至るとなると、 くまちゃんにも感謝しないと(現在、山梨で チェチェメニ ってパン屋やってます) レゲエバー?ドリンク付き?アラカリ?日本人?と初回は話題が話題を呼び? 来場者18人という記録的な集客になり、初仕事+キャパを超えた人数にドギマギ していたのを思い出す。 (そして今思えば、その初回のクラスに参加してくれた一人、 梅ちゃんとは縁があり、今アフリカサカバで一緒に演奏している。)  しかし翌週になると、参加者数は半分になり、その翌週はまた半分と、 段々と生徒さんが減っていった。 その原因は、きっと当時の僕のアフリカンに傾倒する熱量と、 来ている人が求めてる、気軽にアフリカ、ジャンベっぽさを 楽しみたいという現実に、 溝があり過ぎたからだと思う。 が、当時の僕は知る由もなかった。 人が増えたと思ったら、減って来たり、生徒一人だけの時があったり、 まさかの誰も来なかった!日も体験し、辞めようと思った日もあった。 それでも、続けて来てくれる固定メンバーが出来てくると、ワークショップは 「ただジャンベを教え、学ぶだけではなく、新しい人間関係の場となる」 という事を学ばせてもらう事になる。 夕飯を一緒に食べたり、同じライブを経験したり、ワーク以外の時間を大切に する事で、ジャンベ太鼓に対する感覚はそれぞれなんだと気づく。  教えるペースにしても、生徒さんから直接ご指摘があった事で、 それまで2ヶ月で1曲詰め込みペースだったのを、 1年以上かけて1曲をじっくり伝えるペースにシフトチェンジしていった。 お店の閉...

あっという間、今を生きる。

子どもの頃に比べ、大人になると1日が「あっという間」に過ぎて行く。 その1番の原因は未経験を経験することが少なくなり、その分、発見や洞察、 自分との対話の時間が減る所から来ているんだと思う。 「時間」は変化することのない「絶対的」なもののはずだが、 実は、年齢や環境、心情、物理的なスピードによって変化する 「相対的」なもの。 「相対的」ということは、それぞれの立場で認識が変わるということ。 全ては体感での話かもしれないが、大人になってからも 時間の流れを遅く感じる瞬間がある。例えば、 旅をしたり、新しい事に挑戦したり、物事に熱中、洞察、集中してる時。 逆に悩んだり、緊張したり、嫌な事が控えてても、時間は長く感じる。 つまりは良い事も、悪い事も含め、 「自己との対話の時間」が時間の濃度を濃くしているようだ。 反対に、 同じ景色、同じ習慣、無感情、安定した情緒、何も考えない時間、 受動的に情報を受け取っている(ボーッとTV.映画などを見てる)時などは 時間はサラッと流れて行く。 自分というものを保つには、どちらも必要な時間であると思っている。 しかしどちらも「一度過ぎてしまったら戻らない」という点では同じである。 大人が嘆く「あっという間」という言葉にはそんな「もう戻らない」という意味 が含まれているからこそ切なさ、儚さを乗せ響く。 しかしよく考えてみるとこの「あっという間」。 ブラックホール並みに全てを飲み込んでしまう暗黒な「言葉」でもある。 例えば、「5分前」から「今」までを「あっという間」と言えるし、 「昨日」から「今日」までを「あっという間」だと言える。 「先月」から「今月」、「去年」から「今年」、 「10年前」から「現在」、と考えて行くと、 1秒も、1分も、1年も、100万年とて、「あっという間」と言える。 つまりは全ての時間をその言葉で集約できてしまうのだ。 歴史の教科書を見てても、地球の46億年の歴史の中の45...

5月の予定

5月になりました!! 週末はイベント続きになりそうですが、通常通りワークも継続中です!! WORK SHOP   オープンクラス 5月 5日(土) 19:00〜22:00 @ 村岡 5月12日(土) 19:00〜22:00 @ 村岡 5月19日(土) 19:00〜22:00 @ 村岡 5月26日(土) 19:00〜22:00 @ 村岡 プログレスクラス 5月 7日(月) 19:15〜22:00 @ 六会 5月14日(月) 19:15〜22:00 @ 六会 5月28日(月) 19:15〜22:00 @ 六会 ンゴニクラス 5月 8日(火) 19:30〜22:00 @ 善行 5月29日(火) 19:30〜22:00 @ 善行 ペティクラス 5月10日(木) 11:00〜14:00 @ サロン ドゥ グレイスM 5月17日(木) 11:00〜14:00 @ サロン ドゥ グレイスM 5月24日(木) 11:00〜14:00 @ サロン ドゥ グレイスM 5月31日(木) 11:00〜14:00 @ サロン ドゥ グレイスM トライアルクラス 5月 7日(月) 11:00〜14:00 @ サロン ドゥ グレイスM 5月14日(月) 11:00〜14:00 @ サロン ドゥ グレイスM 5月21日(月) 11:00〜14:00 @ サロン ドゥ グレイスM 5月28日(月) 11:00〜14:00 @ サロン ドゥ グレイスM 番外ンゴニクラス 5月15日(火)  19:30〜21:30 @  WONTANARA TOKYO LIVE 5月 4日(金)  19:00〜:¥1500+1drink  @  荻窪 BUNGA [World Wide Week ]  facebook ページ   ソロで出演。 5月 6日(日)  15:00〜 ジャンベを長く永く叩くためのWS 18:00〜[Sangam Afro Live]  :ジャズカリ楽団:afrocoya ¥2500 @ 高崎 Sangam 5月13日(日)  鎌...

責任と自由

人は大人になるにつれ、多くの「責任」を背負い混んでいき、 「自由」が無くなったと嘆く。。 しかし子ども時代に「自由に生きていたか?」と問われれば、そうでもない。 学校や親からのしがらみから「はやく自由なりたい」と思ってたくらいである。 写真:黒人奴隷船内部の鳥瞰図。  僕は子どもの頃、「自分は自由な存在でいたい」という思いが強かった。 当時通っていた野球教室も、行きたくない時が頻繁にあり、そんな時には、 「いざとなったらいつだって辞めれる!そのまま日本一周の旅だって出来る!」 と現実逃避的ではあるが、大きな世界を歩き回る自分を想像した。 その考えの元は、 「人間、裸になったら自由、そして本当はいつでも裸になれるし、 そのボタン(決定権)は自分の手の中にある。」 という、 生き物「人間」としての根源的な自由さを感じていたからかもしれない。 子供の発想ではあるが、 「人間はしがらみや所属、関係という多く「服」を着込んでいるから、 窮屈になり、自分の意のままには生きれない状況になる。 からといって「服」を脱ぐのは、寒いし、恥ずかしいし、 間違ってるかもしれないし、簡単な事ではない。 しかしそれらの思いを上回る「何か」が来たり、 厚着しずぎて動けなくなるくらいなら、人間、いつでも「服」を脱いで、 「ただの人間」として生きていける可能性を秘めているのだ」と。 そいやって、嫌な時間が来る度に 「取り巻く社会と完全に切り離された自分」 を想像しては、妙な安心感と、想像と現実の間に生まれた余裕のおかげで、 現実への勇気が湧いてきて、野球教室も6年生まで続けることができた。  しかしながら、大人になると根源的に「裸になる」事を想像しただけでは やりくりが難しくなって来る。 それは積み上げて来たものや、友達や家族などの「しがらみ」が実は、 自分の選択の結果だと言うことに、無意識ながらにも気がついてしまうからである。 と言うより多くの時間を「しがらみ」の中で過ごしている為、「しがらみ」の中でしか、自分を感じられなくなっていくのである。  父として、夫として、ミュージシャンとして...

マジック・鉄の存在

アフリカには「 Magic 」という概念がある。 しかしそれはとても大きな概念をあらわした言葉で、 場面によって、魔術、呪術、手品、祈願、治療、お守り・・・などを指す。 ジャンベにまつわる音楽や楽器の中にも、 アフリカ人たちは沢山のMagicを感じており、信じているように思う。 彼らと生活を共にしていると確かに、 Magicという概念で捉えると腑に落ちる瞬間がある。 宗教とはまた別次元で日常の中に神秘があり、そこに生きている。 ギニア人がよく着ている「 セラガエ・ドンマ 」。 下着としての涼しさもさることながら、 「 魔除けの衣 」という意味合いで親しまれている。 自分にとって危険な場所に来た時に、ギュッと締まって教えてくれる腕輪や、 自分の姿(気配)を消せるという服を見せてもらったこともある。 そんなマジックに関わる今回、 「鉄」 について少し書きたいと思う。 「鉄」は地球の総重量の3割以上を有しているそうで、特に珍しい物質ではない。 しかし、人間が自分たちの用途を叶えるためには、 鉱物(自然)を錬金(超越)して精製しなければならない。 まず鉄が「鉄である」事にひとつのMagicがあるということである。 なるほど、ギニアやマリの鍛冶屋達は、いわゆる一般市民達とは少し違う存在で、 世襲制であり、誰もが衝撃的な経験する割礼の儀式、 その重要な歯入れの役を務めている。  だからと言って、 一般人より楽な立場で生活をしているか?といったらそうではなく、 暑いアフリカで、鉄を溶かすほどの熱を出す火を、自力で起こしては、 ハンマーで鉄を叩く事は、労働としても過酷である。 そんな彼らに、一般の人は畏敬の念と、優越感を混在させているようだ。 鉄がアフリカに来る前の太鼓は、乾燥させた木のツルや、 動物の皮でリングを作ったり、ボディに杭を刺したり、 身近な自然界にある物で皮を引っ張っていたんだと思う。 そこに鉄が入って来て、2本のリングで皮を挟み込む技術が生まれ、 ロープで引っ張ることによって、皮の...